「天災は忘れた頃にやってくる」ということば、どこかで耳にしたことありますか?
大きな地震や台風のニュースが続くと「うちも備えなきゃ」と思うのに暫く平穏な日が続くと、その気持ちはいつのまにか薄れてしまう。そんな経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
この記事では、この有名な警句の意味とよく寺田寅彦の言葉とされる由来を整理します。あわせて「なぜ人は災害を忘れてしまうのか」を現代の防災や災害心理の視点から読み解き、最後に「忘れた頃」を作らないための具体的な備えまでご紹介します。
「天災は忘れた頃にやってくる」の意味
「天災は忘れた頃にやってくる」は、災害の恐ろしさや教訓を人々が忘れて油断した頃に、また災害が起こるという戒めを表したことばです。
地震や噴火、大きな水害は、同じ土地で繰り返すまでに何十年、ときには何百年とかかることがあります。被害の記憶が薄れ「もう当分は大丈夫だろう」と気がゆるんだ頃に次の災害が訪れる。だからこそ平時から備えておくことが大切だという防災のスローガンとして長く使われてきました。
たとえば関東大震災は1923年に起こりましたが首都直下地震のような大きな地震が次にいつ起こるのかは正確にはわかりません。数十年から百年以上の間隔があく災害は、ひとりの人生のなかで一度経験するかどうかという長さです。記憶が世代を越えて薄れていくのもある意味では自然なことだといえます。
裏を返せばこの言葉は「災害は予測しづらく、油断こそが最大の弱点だ」という人間への問いかけでもあります。怖がらせるための言葉というよりも備えを続けるための合言葉として受け止めると今の暮らしにも生かしやすくなります。
この言葉は誰のもの?寺田寅彦をめぐる諸説
この警句は、物理学者で随筆家の**寺田寅彦(てらだ とらひこ/1878〜1935)**の言葉として辞書などにも紹介されています。寺田は1923年の関東大震災を経験したのち、防災に関する随筆を数多く残しました。1933年の『津浪と人間』や1934年の「天災と国防」では人間が過去の災害の記録を忘れてしまう危うさを論じています。
ただし、興味深いことに 「天災は忘れた頃にやってくる」という一文そのものは、寺田の文章の中には見当たらないという指摘が複数あります。弟子であった科学者の中谷宇吉郎も、のちに「この言葉は寅彦の随筆の中には書かれていないと分かった」と記しています。一方で寅彦は生前にこの趣旨のことをよく口にしていたとも伝えられています。
文字として残された早い例は中谷宇吉郎が1938年7月9日の東京朝日新聞のコラム「槍騎兵」に書いた一節とされます。そこには「天災は忘れた頃に来る。之は寺田寅彦先生が防災科学を説く時にいつも使われた言葉である」という趣旨が綴られていました。
つまりこの言葉は、「寅彦が色紙にしたためた名言」というより寅彦が口ぐせのように語っていた戒めを、弟子が書き残して広めたものと捉えるのが実情に近いように思えます。誰か一人の発明というよりも受け継がれてきた知恵と考えると味わいが深まる部分もあります。

じゃあ結局、これは誰の言葉なの?

「寅彦先生がよく言っていた」とお弟子さんが書き残したのが始まりとされています。だから一人の名言というより、みんなで受け継いできた戒めと考えるとしっくりきますよ。
なぜ人は災害を「忘れた頃」にしてしまうのか
「忘れないようにしよう」と思っても、なかなかうまくいかないのには理由があります。これは個人の心がけが足りないという話ではなく人に共通する性質によるところが大きいと考えられています。
**ひとつは「正常性バイアス」**です。これは異常な事態に直面しても「自分は大丈夫」「まだ平気だろう」と危険を過小評価してしまう心の働きを指します。日常では、ささいな変化にいちいち動揺せず平静を保つために役立つ仕組みですが、災害時にはこれが裏目に出て避難の遅れに繋がることがあるといわれます。
もうひとつは記憶の風化です。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ということわざのとおり被災の直後は防災用品が品切れになるほど関心が高まっても、時間が経つにつれて意識は薄れていきます。さらに世代が交代すると、親の世代が経験した災害を子の世代はそもそも知らないということも起こります。
加えてまわりの人の様子に判断を合わせてしまう「同調性(正常性)バイアス」も知られています。警報が出ても「周りがまだ動いていないから」と避難をためらってしまうという心の働きです。正常性バイアスと重なると「みんな逃げていないし、きっと大丈夫」という方向へ流されやすくなります。
こうして見ると「忘れる」こと自体を完全になくすのは難しいのかもしれません。だからこそ気持ちに頼るのではなく「仕組み」で備えを続けるという発想が現実的だといえそうです。
「忘れた頃」どころか「忘れる前」にもやってくる
近年は地震や豪雨などの災害が各地で相次ぎ、「忘れた頃」を待たずに次の災害が起きていると感じる方もいるかもしれません。「忘れる間もない」時代になったという見方もあります。
ただし災害が頻発しても自分の住む地域で・自分の身に起こるとは限らないため、「よそのこと」「今回も大丈夫」と感じてしまいがちです。その意味で油断を戒めるこの言葉の本質は時代が変わっても当てはまり続けているといえそうです。
大切なのは、災害を必要以上に恐れることではなく「来るもの」として前提に置いておくことです。そうすればニュースで被災地の映像を見たときに「うちは何を備えているだろう」と自分のことと置き換えて点検する習慣につながります。
「忘れた頃」を作らないための3つの備え
寅彦の警句を怖い話で終わらせないために忘れていても回り続ける仕組みを持っておくと安心です。ここでは取り入れやすい3つをご紹介します。
1. 備蓄を「回しながら」切らさない(ローリングストック)
ローリングストックは、普段食べている食品を少し多めに買っておき古いものから食べて、減った分を買い足すという方法です。農林水産省も家庭備蓄の進め方のひとつとして紹介しています。これなら「いざ確認したら賞味期限が切れていた」という事態を防ぎながら自然に備蓄を新しく保てます。水やレトルト食品、缶詰など保存がきいて普段も食べるものから始めると無理がありません。

2. 避難の道筋をあらかじめ決めておく(マイ・タイムライン)
マイ・タイムラインは、災害が近づいたときにいつ・誰が・何をするかを時系列で書き出しておく自分専用の避難計画です。あらかじめ決めておくと、いざというときに迷う時間を減らせます。自宅から避難所までの経路を一度歩いて確かめておくと夜間や悪天候のときの動きもイメージしやすくなります。

3. 防災用品・非常持ち出し袋を定期点検する
電池や食品、常備薬などは時間とともに劣化します。季節の変わり目や防災の日など、点検する日をあらかじめ決めておくと「気づいたら使えなかった」を防ぎやすくなります。中身の見直しは忘れかけた備えの記憶を呼び戻すきっかけにもなります。

似た意味のことわざ・格言
防災の知恵を伝えることばは他にもあります。
- 備えあれば憂いなし:古代中国の古典『書経』に由来するとされる備えの大切さを説いた王道のことわざです。
- 津波てんでんこ:三陸地方に伝わる、津波が来たら各自がすぐ高台へ逃げよという避難の合言葉です。「忘れない」を地域ぐるみで受け継ぐ知恵といえます。
- 念には念を入れよ:用心の上にさらに用心を重ねることの大切さを説いた言葉で防災用品の点検や二重の備えにも通じます。

防災のことわざ・格言は、それぞれに先人の経験が凝縮されています。
まとめ
「天災は忘れた頃にやってくる」について意味と由来、そして今日からできる備えを整理しました。
- 意味:災害の恐ろしさを忘れて油断した頃に、また災害はやってくるという戒め
- 由来:寺田寅彦の言葉とされるが、本人の文章には見当たらず弟子の中谷宇吉郎が書き残して広めたという説が有力
- 忘れてしまう理由:正常性バイアスや記憶の風化など人に共通する性質によるところが大きい
- 対策:ローリングストック・マイ・タイムライン・定期点検で「忘れても回る仕組み」を持っておく
ことわざを「なるほど」で終わらせずに今日できる小さな備えの見直しから始めてみてはいかがでしょうか。


