もし冠水した道路で車が止まってしまい水圧でドアが開かなくなったら…。あなたは何を使って窓を割りますか?
大雨や台風のシーズンになると車の水没事故のニュースを目にする機会が増えます。水圧でドアが開かない状況で車内から脱出するには窓を割るしかありませんが、そのための専用の道具が「脱出ハンマー」です。しかし、いざ選ぼうとすると種類が多くどれが本当に割れるのか分かりにくいのが実情ではないでしょうか。
この記事では、脱出ハンマーの「選び方3軸」と「タイプ別の使い分け」に絞って整理します。実際の脱出手順や冠水した道路を運転すること自体の危険については以下の記事で解説しています。

スマホやヘッドレストでは窓は割れない?JAFのテスト結果
「わざわざ専用のハンマーを買わなくても車内にあるもので窓くらい割れるのでは?」と思う方もいるかもしれません。実はこの疑問に正面から答えたテストがあります。
JAF(日本自動車連盟)が2014年6月に実施したユーザーテストでは、車内にありそうな身近なもので実際にドアガラスを叩き、割れるかどうかを検証しています。
試されたのはヘッドレスト・小銭を入れた袋・スマートフォン・ビニール傘・車のキーの5点。結果ではこれらではいずれもドアガラスは割れなかったと報告されています。
同じテストで割れたのは脱出用ハンマー3種のみだったとのことです。先端が尖った専用の道具は、力を一点に集中させてガラスを割る構造になっているため、非力な方でも割りやすいとされています。逆にいえば専用品でないものは面で当たってしまい、思ったほど衝撃が伝わらないということです。
テストでは狭い車内では腕を大きく振れず力が入りにくいという点も指摘されています。さらに実際の水没時には水の抵抗も加わるため、地上で試すよりも条件は厳しくなると考えられます。
なお、「ヘッドレストを引き抜いて金具で窓を割れる」という話をSNSなどで見かけることがありますが、このテストではヘッドレストでもガラスは割れなかったと報告されている点に注意が必要です。いざというときの脱出を身近なものの代用に頼るのではなく、専用の脱出ハンマーを車内に備えておくのが現実的な選択といえそうです。
出典:JAF ユーザーテスト「水没時、何を使えば窓が割れるのか?」
割れるガラスと割れないガラスを知っておく
脱出ハンマーを備えるだけでなく「どのガラスなら割れるのか」を知っておくことも同じくらい重要です。車のガラスは場所によって種類が違い、割れるガラスと割れないガラスがあるためです。
フロントガラスは割れません
まず押さえておきたいのは、フロントガラス(合わせガラス)は脱出ハンマーでも割れないという点です。
先に紹介したJAFのテストでもフロントガラスは脱出用ハンマーで叩いても割れなかったと報告されています。合わせガラスは2枚のガラスの間に樹脂の中間膜を挟んだ構造で、飛び石などで破片が飛び散らないように作られています。この構造がハンマーで叩いてもひびが入るだけで穴が開かない理由です。
国土交通省も「前面の窓ガラスは、割ってもひびが入るだけで脱出できません」と案内しています。水没時は一刻を争う状況ですから、いざというとき割れないガラスに貴重な時間と体力を使わない方が良いです。このことを頭に入れておくだけでも脱出の成功率は変わってくるはずです。
割るのは側面か後面の「強化ガラス」
では、どこを割ればよいのでしょうか。
国土交通省は「側面または後面のガラス」を割るよう案内しています。側面や後面には一般的に強化ガラスが使われており、先端の尖ったハンマーで一点に力を集中させると全体が細かい粒状に砕けて脱出口を作れるとされています。
補足として近年は遮音性などの理由から側面にも合わせガラスを採用する車種があるとされる点です。合わせガラスであれば側面でも割れない可能性があるため、自分の車のガラス種別を一度確認しておくと安心です。ガラスの隅にある刻印や取扱説明書で確認できます。
出典:JAF ユーザーテスト「水没時、何を使えば窓が割れるのか?」/国土交通省 いざというときのために、緊急脱出用ハンマーを備え付けましょう!
脱出ハンマーの選び方3軸
本題の選び方です。店頭や通販サイトには数百円のものから数千円のものまで多くの脱出ハンマーが並んでいますが、見た目だけではどれが本当に割れるのか判断がつきません。ここでは「規格・認証」「タイプ」「保管性」の3軸で整理します。
軸1: 規格・認証で選ぶ
まず確認したいのが規格と認証です。脱出ハンマーには2016年に制定されたJIS D 5716(自動車用緊急脱出支援用具)という日本産業規格があります。
この規格では、ガラスを砕く突起部分の硬さ(HV760以上)やシートベルトの切断性能、耐寒・耐熱などの試験方法が定められています。規格には「基本機能形」と消火器の機能を併せ持つ「消火機能付加形」の2タイプがあるとされています。
国土交通省は2021年に市販51銘柄の破砕性能試験を行い、全製品でガラスを割れることを確認した上でJISマークやGSマーク(ドイツの安全認証)の取得品・販売店推奨品の購入を勧めています。
一方で2013年に国民生活センターが行ったテストでは、19製品中5製品でガラスが割れなかったと報道されています。
割れなかったのはいずれも安価な中国製で、先端が潰れてしまったとのこと。現在は規格や公的試験が整ってきているとはいえ、こうした過去の経緯を踏まえると規格・認証を確認してから選ぶ意味は大きいといえそうです。
軸2: タイプで選ぶ
脱出ハンマーは構造の違いで大きく4タイプに分けられます。それぞれ得意・不得意があるため、使う人と車内の状況をイメージして選ぶのがおすすめです。
- 金槌タイプ:振って叩き割るオーソドックスな形。構造が単純で壊れにくい一方で狭い車内で振るスペースと力が要ります
- ポンチタイプ:窓に押し当てるとバネの力でピンが飛び出して割る方式。腕を振る必要がなく、力の弱い方でも使いやすいとされています
- キーホルダー型:小型で鍵などに付けて常時携帯できます。小さい分なくしやすい点には注意が必要です
- 多機能タイプ:消火具やシートベルトカッターとの一体型。車両火災への備えも兼ねられます
先述のとおり狭い車内では腕を大きく振れず力が入りにくいと指摘されています。腕力に自信のない方やご家族用には、押し当てるだけのポンチタイプを候補にすると選びやすいのではないでしょうか。
軸3: 保管性と夏の車内の高温
3つ目の軸は「どこに・どう置いておけるか」です。大前提は手の届く場所に固定しておくこと。国土交通省もそのように案内しており、シートベルトカッター付きが望ましいともされています。どれほど性能の高いハンマーでも、いざというとき手に取れなければ役に立ちません。

買ったらグローブボックスに入れておけばいいんだよね?

奥にしまうと水没時に取り出せないこともあるので、設置スペースの問題もありますができるだけ運転席から手が届く場所に固定しておくことをお勧めします。
もうひとつ見落としがちなのが夏の車内の高温です。特にダッシュボード付近はかなりの高温になるため、樹脂部分の変形や粘着テープ・吸盤ホルダーの劣化には注意が必要です。使用温度範囲を明記した製品やJISの耐寒・耐熱試験を通った適合品を選ぶという視点を持っておくと夏場も安心して車内に置いておけます。
出典:JIS D 5716:2016 自動車用緊急脱出支援用具/国土交通省 豪雨に備えて、車に脱出用ハンマーを備えましょう!/国土交通省 いざというときのために、緊急脱出用ハンマーを備え付けましょう!/国民生活センター2013年テストの報道(Yahoo!ニュース)
タイプ別おすすめの脱出ハンマー
ここからはタイプ別に4つの枠でおすすめの脱出ハンマーをご紹介します。「誰が・どんな状況で使うか」をイメージしながらご自身に合う1本を探してみてください。
迷ったらこれ「JIS適合の軽量タイプ」
2016年に制定されたJIS D 5716の基本機能形の認証を受けた製品も市販されています。約60gと軽く水に浮く設計の製品もあり、破砕性能やシートベルト切断・耐寒耐熱の試験をくぐり抜けた適合品は「規格で選びたい」という方の第一候補になります。軽量なので車内のどこに固定しても邪魔になりにくいのも利点です。
手頃な「カッター内蔵の金槌タイプ」
シートベルトカッターを内蔵した金槌タイプは手頃な価格帯で手に入る定番です。
1本で「割る」と「切る」の両方に備えられます。構造が単純で壊れにくい点も長く車内に置いておく道具として安心できる要素といえそうです。
力に自信がなければ「ポンチタイプ」
窓に押し当てるとバネの力でピンが飛び出してガラスを割る方式で腕を振るスペースも力もほとんど要りません。
キーホルダー型なら普段から鍵に付けて持ち歩けるため、自分の車以外に乗る機会が多い方の備えにもなります。ご家族用や腕力に不安のある方の1本として検討してみてはいかがでしょうか。
消火も1本で「多機能タイプ」
JISには消火機能付加形という区分もあり、脱出ハンマーと消火具を1本にまとめたタイプも選べるとされています。水没への備えと同時に車両火災への備えも兼ねられるので、車内に置く道具をなるべく増やしたくない方に向いています。
なお認証の有無や使用温度範囲は製品ごとに異なります。夏の車内に置くことも考えて購入前に商品ページで確認してみてください。
置き場所は「固定して手の届く範囲」が基本です
せっかく脱出ハンマーを買っても満足してパッケージのまま仕舞い込んでしまうのが一番もったいない使い方です。水没時は一刻を争うため「どこに置くか」は「どれを買うか」と同じくらい重要といえます。
国土交通省は、緊急脱出用ハンマーを手の届く場所に固定しておくよう案内しています。グローブボックスの奥やトランクでは、いざというとき取り出せないおそれがあります。運転席から手が届く位置(ドアポケットなど)に固定し、あわせて同乗者も使えるよう助手席側にもう1本という視点で置き場所を決めてみてください。
車に備えておきたい防災用品の全体像や大雨が来る前にやっておきたい準備については、こちらの記事でまとめています。


出典:国土交通省 いざというときのために、緊急脱出用ハンマーを備え付けましょう!
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脱出ハンマーの備えとあわせて、水害時に徒歩で避難するときの危険や車で過ごす避難生活についてもこちらの記事で確認しておくと安心です。


まとめ:「本当に割れる」1本を選んで固定しておきましょう
水没時に車内から脱出するための脱出ハンマーについて、JAFのテスト結果から割れるガラスの見分け方、選び方の3軸、タイプ別のおすすめまで整理してきました。最後に要点をまとめます。
- JAFのテストではスマホやヘッドレストなどの代用品ではドアガラスは割れなかったと報告されています。備えるなら専用の脱出ハンマーを選びましょう
- フロントガラス(合わせガラス)は脱出ハンマーでも割れません。割るのは側面か後面の強化ガラスです
- 選び方は「規格・認証」「タイプ」「保管性と夏の高温への耐性」の3軸で整理すると迷いにくくなります
- 買ったら仕舞い込まず、運転席から手の届く場所に固定しておくことが大切とされています
梅雨末期から台風シーズンにかけては大雨による車の水没事故が起きやすい時期です。脱出ハンマーは数千円で手に入る小さな道具ですが、いざというときにはその1本が命綱になることもあります。
水が迫ってからでは用意も練習もできません。次にお車に乗る機会に、ご自身とご家族に合う「本当に割れる」1本を選んで運転席から手の届く場所に固定してみてはいかがでしょうか。


